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〈生きられる〉通過儀礼
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近代社会において完全に通過儀礼は消失したかにみえた。にもかかわらず、今日の社会においても、“生きられる”通過儀礼を体験している人たちが少なからず存在する。初めてのおつかいに失敗したペロー版の赤ずきんよろしく、学校が聖なる空間と立ちはだかり、社会的「死」に直面する不登校児、スパルタ学校で通過儀礼を強いられるひ弱な子どもたち、病気を治すため社会から分離された病院で患者役割を課されつつ、多種多様な通過儀礼を体験する患者、さらには、通過儀礼としての妊娠・出産をともに体験する中でさまざまなタブーを課される夫婦、学校と社会の“境界”で児童生徒の消費的価値観というケガレを浄化するために実施される、通過儀礼としての立哨指導・遅刻指導等々、民俗社会の原理はマイナーな形であれ、稼働しているのだ。
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